これでベレルド祭りも一応終わり……だと、思う……。ストックネタ尽きました。
それにしても。ベレルド喋らせるの楽しいなぁ。
* * *
「遅ェぞゼラン、呼んだら早く来い」
「早く来い、ったって……これでも最速で来たつもりなんだけど」
幼馴染で親友のはずの側近を目の前にしても、この国の主はいつもの調子を崩さない。
「執務室に呼ばれたってことは……仕事の話ですか、陛下」
「あァ、もちろん」
そう言ってベレルドは、にぃ、と彼に特徴的な人を見下したような笑みを浮かべて。
「これ片付けろ」
と、執務机の上の、膨大な書類を示した。
それを見たゼランは、数瞬黙し、意味を呑みこんでから頭を抱えて溜息をつく。
「……ベレルド……君さ、無茶って言葉知ってる……?」
「おうともさ。だが親愛なるゼラン氏にとってこりゃァ無茶じゃねェよ」
「そういうのは俺が判断するもんだよ……」
「だァから、ざっと目は通してあるぜ親友。通してよさそうなのは印も押してある。分けてあるまずそうなのを目ェ通して、何とか処理しとけって簡単なお仕事でございます」
「簡単じゃない」
「とりあえず頼んだぜ。よしクー!待たせた!」
執務机から勢いよく立ちあがったベレルドは、ソファで静かに茶菓子をつまんでいた青年に呼びかけた。
漆黒を纏う青年は、渋い顔でそれを受け止める。
「……いいのか仕事」
「ここにいる有能な王佐殿が全部処理してくれると!」
「言わせたんだろ」
「細けェことは気にするな」
わしわしと青年の黒髪を掻き乱して、ベレルドは城下へ行くぞと宣言した。
活気のある城下だ。
呼びこみの声をあげるパン屋の主人、配達中の雑貨屋の青年、声をあげながら走り抜ける子供達。
人々は―――笑顔に満ちている。
以前それを指摘したら、ベレルドは嬉しそうに笑ってから―――表情を消して遠くを見た。
曰く、「まだこの国全てが“こう”じゃァねェんだ」、と。
「クー、今日はどの辺に行きたい? まだ案内してねェとこあったかなァ……」
「別にオレは部屋で茶菓子食っててもよかったんだが」
「ひきこもりはよくねェぞ」
「……アンタは仕事柄ひきこもった方がいいんじゃ……」
「あァ!? 何言ってやがる」
隣を歩いていたベレルドが、狂の行く手を遮るように立ちはだかった。
「人の上に立つ人間が、民のことを何も知らねェでどうする。俺には自ら城下を歩く義務がある」
凛、と。
迷いなど欠片もないその言葉に―――狂はただただ、圧倒される。
そして狂が動けなくなっている間に幾人もの民が国王へ声をかけ、苛烈な緋色を身に宿す主はけれどそれを優しくゆらめかせ、逐一相手をする。
そうか、と狂は自分の中で結論を出した。この近さが、この国の平穏そのものなのだ、と。
狂を蚊帳の外にした和やかな談笑の中で―――ふと、ベレルドが動きを止めた。
おそらく彼が感じただろう違和感を狂も気づいて、あらぬ方を見遣り―――
しかし首根を掴まれて、それは叶わなかった。
「悪ィなみんな、ちょっと用ができたから俺は行く」
快活に笑って手を振りつつ路地の方へ急ぐベレルドに、狂はただ引きずられてしまう。
そして狂はそれに―――危機感を覚えた。
「おい、アス……! そっちは」
「わかってるっての馬ァ鹿。巻きこんじまって悪ィが、貴様も武術の心得があるらしいから心配はしねェぞ」
どんどんと人通りも少なく、薄暗くなっていく路地。
迷いなく進む緋色に―――突如、矢が飛来した。
「アス!!」
けれど夕陽が見向きもしなかった鏑矢は、瞬き一つの間に炎に包まれて溶け落ちた。
周囲の影から、ざわ、と動揺した空気がわずかに伝わる。
「面倒くせェ……何人いやがる、『姿を見せろ』」
いつもと同じようで、けれどまったく質の異なる、命令詞。
何かに引かれたように、影に潜んでいた人間が、ある者はよろけ、ある者は転び、一斉に見える位置へ引きずり出された。
『言霊』―――彼の声が聞こえる者は、絶対に彼に逆らえない。
「『動くな』。……なァんだ、たかが六人か……その程度で俺が殺せるとでも思ってるのか」
その声が、次第に熱を帯びていくのを―――そしてその顔に狂気が滲んでいくのを、直接敵意を向けられていない狂でも、肌で感じる。
ゆうるりと周囲を見回しつつ、一番近くで座り込んでいる男に近づいたベレルドは、その頭を蹴り飛ばし這い蹲らせた。
転がる男の肩口に足を乗せ、ぎ、と体重をかけていく。
「さァて吐いてもらおうか。『言え』。誰の差し金だ?」
ひどく聞き取りにくい、おそらく恐怖に震えた声で、男が何事か言う。狂にはそれがわからなかったが、おそらく誰かの名前ではあったらしい。夕陽色にぎらりと光が宿って、その唇が、暗い愉悦の形に歪む。
「っは、あの暗愚な侯爵か! 次に会った時はたっぷりと訳を聞いてやらんとな……!」
男から足を退けたベレルドは、そのままの流れで右前方にいた男へ指を真一文字に振った。
途端、その首がごろりと地に落ちて―――刹那炎上する。数瞬前の形など判別できない程に。
「恐ろしくなった奴は逃げ出すがいい。そして二度と俺の前に現れるな。次は―――ない」
その言葉が伝わるまでの数秒間の間があって、今まで微動だにしなかった―――否、できなかった男達が、一斉に散った。
狂も詰めていた息を吐き出す。そこで初めて、自分も目の前の男に支配されていたことに気づいた。
「……ぁ、アス……」
「よぉ、悪かったなクー。城下散策って気分でもなくなったな」
「いや、それは別に……、アンタあいつら放っておいて、いいのか……?」
彼の性格から考えたら、皆殺しなのかと思った。それを伝えれば、ベレルドは面倒くさそうに頭を掻く。
「別に殺しても大差ねェが、あとの処理が面倒なんだよ……。それに、あれ」
つい、と顎で、先程まで人間の形をしていたモノを示す。
「大概追い払った奴は二度と来ねェんだが、あれは二度目だった。ああいう“理解できねェ奴”だけ制裁下せばそれでいい」
え、と狂はその言葉の裏側を悟って言葉を詰まらせた。
つまりこの男は、今まで襲撃を決行した人間の顔を全部覚えていて―――あの男は、選んで殺した、のだ。
「……アス……!」
「クー、もう辛気臭ェ話はやめにしよう。気分も落ちた、城に帰るぞ」
くるりと踵を返して大通りの方へ歩き始めたベレルドは、しかし数歩行った先で狂を振り向く。
狂からはちょうど逆光で、この国の主の姿が―――太陽を背負うようにも、影を引き連れるようにも、見えた。
「―――狂。これが、この国の裏側だ」
そして、今まで纏っていた空気が嘘のように―――彼は破顔する。
「茶菓子でも調達して帰ろう。何が食いたい、クー」