きょーのところにあがっていた、「墓前にたたずむ狂」がものすごく切なかったので、格納でベレルドの話。
以前からこの構想はあったんだけれども……あまりにも面白くないので放置してたのに、くーさんが加味されたら形にできた。まさか形にする日がくるとは思わなかった。
おまけでちょっとここにものっけます。ユフィの素性がくーさんにばれたとき妄想。
* * *
「……ごめん。隠してたわけじゃなかったんだけど」
遠い記憶とは違い、けれど違うことない“城”を背景に、狂が妙に惹かれた男は―――その名を、名乗る。
「俺はユフィアシード=リアディ=アステリア。この国の、アステリアの王だ」
―――俺がこの国を作り上げる。このアステリアに、平和を築く
「アス…………、アステリア」
うまく口が回らない。そんな狂を見るユフィの眉が、訝しげに寄る。
「……先王、は……アンタの、親か……?」
「ん? あぁ、もちろんだ。ベレルシードという」
見間違いではなかった。
ただ似ているだけでは―――なかった。
「……アス……ベレルドは、死んだのか……?」
「……あぁ、もう二十年近く前になるな……。……あれ、なんでベレルドって略称知って……」
ぐら、と視界が揺れる。
わかっていた。語部とはそういうものだし、あの緋色にもう一度会えるなどという望みは捨てていた。
それなのに―――世界の意志は、こんなにも酷い悪戯を。
「……、くーさん? 大丈夫か、顔色悪いぞ」
余程心許なかったのだろう、肩を支えてくれるユフィに、狂はひとつ、頼みごとをする。
「墓を―――参らせちゃくれねぇか」
* * *
目が覚めた時に、何かがおかしいと思った。
いつも以上に重い四肢を叱咤して、用意されていた服に着替える。毎朝繰り返していることのはずなのに異様に大儀で―――ベレルドは留め具をはめるのもそこそこに、ベッドに腰掛ける。
このまま横になってしまいたかったのだが、それをすると何か―――何かが終わってしまう気がして、焦燥にも恐怖にも似たそれに、浅い息の中で耐えることしかできない。
己の呼吸しか聞こえなかった静寂。
それを不意に破って、扉を叩く音が木霊する。
「父上、起きてる?」
顔をのぞかせたのは、唯一自分の夕陽を受け継いでくれた末息子で―――自分と同じ色の双眸が、こちらを見てわずかに見開かれた。
「どうしたの? 顔色おかしいよ……また具合悪くなった?」
「……大丈夫だ……問題ない」
問題ないわけがないことは理解していた。だがこの子に心配をかけることはしたくなかった。
無理に笑ってみせれば、多少の躊躇と狼狽を見せつつも、ユフィは「いつもの時間に起きてこないから。みんな朝食食べ終わっちゃうよ」とここへ来てまず伝えようと思っていただろうことを言葉にする。
「あァ。すぐ行くから先行け」
こくりと頷いて、ユフィは扉を閉めた。
行くと言ったからにはいつまでもここにいるわけにはいかず、ベレルドはゆっくりと立ち上がって―――
咳き込んだと同時に、赤が散った。
「―――ッ!?」
咳が止まらない。押さえた口から流れ出る赤が、止まらない。
膝の力が抜けて倒れこむ。内腑が焼けるようだ。熱い。熱い。目の前が霞む。
絨毯に爪を立てながら、あぁ、とベレルドは思い至った。
―――ベレルドには、即位したころから侵されている病がある。
医学の知識もあるゼランでもわからない病。頭蓋を割られるような頭痛も、呼吸さえままならない高熱も経験した。
発狂しそうな幻聴を伴った眩暈が襲ってきたときに―――あぁこれは呪いなのだと納得した。
アステリアを、この国を、己の理想の国に作り上げるために―――排除してきた者達の、呪い。
時を重ねるごとにひどくなっていく症状が何よりの証拠。
今までにも血を吐いたことは何度もあったが、今なお失われている赤は明らかに致死量だ。
俺は―――死ぬのか。
「―――そうだ父上、さっきゼランが―――」
突如上から降ってきた声に、ベレルドはゆっくりと視線を動かし―――己を見降ろしたまま硬直している末息子を捉える。
「ッ、父上!? 父上、父上!!」
赤に汚れることも厭わずに縋りついてくる末息子に、内心でベレルドは苦笑した。
この子にはこんな場面に立ち会ってほしくなかったのに―――最期に傍にいてくれることに、喜んでいる自分もいる。
「父上、父上ッ!! なんだよ、どうしたんだよ……!!」
「……ユ、フィ……、悪……」
「いいよ、喋るなよ! 今誰か呼んでくるから……!」
立ち上がろうとしたユフィの手首を掴む。制止できるほどの力は残っていたようでよかった。
後継となる少年はその双眸に涙を浮かべ、けれどまっすぐにこちらを見ていて。
ユフィ、悪い。中途半端なままでこの国を託すことになりそうだ。俺の手でもう少し、もう少しだけ何とかしたかった。まだこのアステリアは、完全に平和とは言えないから。
それでも期待している。夕陽を継ぐお前なら、きっと俺の成したかったアステリアを作り上げてくれる。
―――言葉がどれだけ声になったのかは、自分でもわからない。
朦朧とする意識の中で、それでもユフィが首を振って「そんなこと後できくからッ!」と怒号を残し、どこかへ駆けて行くのはわかった。
無意識のうちに仰向けになる。既に呼吸はほとんど意味をなしておらず、それでも喉からは赤が湧いてくる。
悔いはない。だが、心残りはある。まだやり遂げていないことがある。そしてもう少し、自分の後継に―――世界を見せておきたかった。
ふ、と―――ある男を思い出した。
冬の夜のような、凍てついた空気を纏った青年。いつもどこか遠くを見つめていて、怯えにも似た焦燥から逃れきれずに足掻いていた男。
他人には思えなくて―――いつのまにか手を差し伸べていた。
冠していたのはふざけた名前だった。自分がその名を呼べば、言霊で縛ってしまうのは明白で―――文字通り彼が狂気に染まらないように、だから付き合いのある人間の中ではだいぶ早い段階で、愛称で呼ぶことに切り替えた。
―――アス
耳の奥で彼の呼び声が、目の奥で取り繕ったような笑い方が蘇って、これは走馬灯かと自嘲する。
あの男は、ベレルドを「アス」と呼んだ。
アステリア―――俺が生涯を捧げて作り上げようとしたものの、名前で。
「―――……元気、かよ……クー……」
彼の種族は長命なのだと聞いた。何事もなければ今も元気でいるのだろう。ぱたりと顔を見せなくなったのは世界の軸がずれたせいで―――彼に何かあったからだとは、考えないようにしていた。
できることなら、もう一度―――もう一度だけでいいから、会って話をしたかった。
今も凍てついた目をしているのか。
それとも―――焦燥から、逃れられたか。
「ユフィ……く、るい……悪、置いてく……許せ」
どうかお前達に―――『平穏たる未来があらんことを』。
もし、もしそう遠くない未来、あの男が戻ってきて―――次の国王と出会うことがあったなら。
我が息子に、彼はなんと言うのだろうか。助けになってくれるだろうか。
待っていなかった俺を―――怒る、だろうか。
他愛のない思いつきに、限りなく零に近い可能性に、薄く微笑んで。
ベレルドは迫る闇に―――永遠にすべてを委ねる。