お互い言い聞かせるような独り言で、会話としてはいまいち噛み合っていないけど本人達はそれで満足、みたいなのにすごくときめくんですが、自分で書くと難しいですな……orz
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今夜の月は明るい。
真子斗はセンティレイド王城中庭を散策していた。昼間暑すぎて何もできず寝て過ごしてしまったので、まだあまり眠くない。
西の空には上弦の月。もう二日もすれば満月だろうか。
「月」というものは同じなのに、その表面の模様は違い、ここは別の場所なのだと思い知る。
夜半も過ぎているので、城の灯火もほとんどない。青白く浮かび上がった世界は、昼間には聞こえない音がする。かすかな風が渡る葉擦れ、水路のせせらぎ。自分の足音さえも大きい。
突然目の前に、銀色の光を見つけた。
「―――おや。どうしました」
ベンチに座り、立てた片膝を支えに頬杖をつく恰好で、ラインが座っていた。
肩から流れる銀髪が、月明かりを反射して、まるでそれが光っているように見える。さらさら、きらきら。綺麗だ。ときどきラインが女性でないことをすごく残念に感じたり、むしろ本当は女性なんじゃないかと疑ったりすることがある。言うと怒るから内緒だけれど。
「ラインさんこそ」
「……今日はうまく眠れなくて」
うまく眠れないということがどういうことなのかよくわからない。訊き返すのも躊躇われて、真子斗は黙って隣に腰掛けた。
「夜は静かだねぇ」
「えぇ。静かすぎて煩い」
何がうるさいの、と訊く勇気はなかった。この静謐さに守られたゆるやかな時間が壊れてしまいそうで。
月を見上げて、ふ、と息をつくラインの横顔を見る。
ラインさんは月が似合うな、と思った。
けれど、似合いすぎていて、いつか月にいるという女神様に攫われてしまいそうで嫌だ。
「攫われる? 私が?」
言ったらくすくすと笑われた。そういえば、彼が大声で笑っているところを見たことはないな、とちらと思う。
「大丈夫ですよ、私はそんなに清いものではないから」
なんだか様子がおかしい。怯んだ真子斗が言葉を見つけあぐねていると、私は、とラインが手を伸ばしてきた。
「あなたの方が心配です。月というのは、太陽がいないと闇に呑まれてしまうから」
だから月は太陽に魅せられ焦がれ、その強烈な光を求めてしまうんです。言いながら彼の手が、真子斗の頬にこぼれていた髪を耳にかけた。
「……ラインさん、」
「さて―――そろそろ眠らなければ」
ゆるりと立ちあがって、もう月が沈んでしまう、と呟く。
少しだけ震えているように思ったのは真子斗の気のせいか。
「体を冷やさないうちに、あなたも戻った方がいいですよ」
「あ―――」
おやすみなさい、と衣擦れの音を残して去っていくラインに、真子斗は声をかけることもできなかった。
一緒に部屋に戻るという選択肢を、一方的に絶たれた気がした。
+++
闇が来た。
眠れない。
眠りたく、ない。
ベッドの上で、体の震えにラインは耐える。
眠れないからと中途半端に散策に出るのではなかった。やわらかに湧いてきた睡魔に、けれど今身を委ねてはいけない。
囚われてしまう。
銀の狂気に。赤い闇に。
彼女はまだあそこにいるのだろうか。あぁ、でも、知られたくない。きっと彼女は読みとってしまう。それに、―――闇の中を歩くのは嫌だ―――
「―――、」
ねェ遊ぼうよ遊ぼうよ
「……、……っ」
聞こえてるんでしょねェねェ遊ぼうよボクの話し相手はキミしかいないんだからさァ
「は……ッ、ぁ、」
小鳥の心臓を潰しに行こうよ猫の腹を破りに行こうよ甘い甘い血が舐めたいなァだってさ
―――月が沈んだよォ?
「ラインさん」
「―――ッ!!」
肩に触れられて、反射的に身を翻した。
そこには、少しだけ目を瞠っている少女が。
「はっ……は……っ」
茫然と眺めることしかできないラインに、真子斗は数度まばたきをして、
ふわりと微笑んだ。
「どうしたのラインさん、こんなに震えて。寒いの?」
「え、ぁ―――」
「人のこと注意しといて、自分が夏風邪ひいてたら世話ないよ?」
苦笑して、ベッドに腰掛けた真子斗はそのままラインに両腕を伸ばし、ぎゅ、と抱きしめてくれる。
いまだに強張った体の力を抜けないラインの背を、あやすように叩いて。
「大丈夫。大丈夫。あたしがいるよ」
心地よく落ちつけてくれる声に、手に、縋るようにして、ラインはゆっくりと詰めていた息を吐き出す。
魅せられ焦がれ、求めてしまう。だってこんなにも眩しい。
眩しい。あたたかい。闇の恐怖を払ってくれる程に。
「ラインさんの指冷たいね」
「……ごめんなさい」
「あっためてあげる」
「……傍にいてください」
「ずっと繋いどこうね」
「……お願いです……」
+++
「うっわ……やっぱりそうきたか」
弟の居室でフィオナは溜息をついた。
太陽は既に高い位置にある。昨日の、センティレイドの気候とは思えないここはレクドアールなんじゃないかと思う程の酷暑ではないが、今日だって十分暑いのだ。
それなのに、まぁ窓は開いているのだが、広めに作られていてもダブルではないベッドに、二人ぴったりくっついて寝ているとか。
現状から不純な動機での添い寝ではなさそうだと判断しつつ、その安心しきった寝顔に、彼女が傍にいてくれたことを感謝しつつ、それでも。
再度の溜息とともに吐き出した息を思いっきり吸い込んで。
「昼です起きなさい!!」