うちのバカップル夫妻のなんでもない話。
「ユフィ、お茶の用意ができたわよ」
いつものように、執務室の扉をノックした。
が、いつものような返事がない。
「……ユフィ?」
少し扉を開いて中を覗いてみる。執務机に探している姿はなく、セレナは室内を見回しながら中に入った。
「ユフィ、ユフィ? どこに……」
最初に目に入ったのは、床に散乱した書類の山だった。
戸口からは背もたれのせいで死角になっていたソファ、そこに探した人が横になっている。書類の散乱元は明らかに、絨毯に触れるように投げ出された右手の先だ。
おそらく、ソファに寝そべりながら文字を追っていたうちに、眠ってしまったのだろう。
セレナはくすりと笑うと、床に散らばった紙を拾い集めた。窓が開いていたから被害が広がってしまったようだ。
向きを揃えていたら番号がふってあることに気がついた。ユフィが起きる気配もないので、暇潰しに揃えておくことにする。
投げ出されたままの腕を胸の上に戻してやって、セレナは絨毯に直接座ってユフィに寄りかかりながら、ローテーブルを使って整頓していく。
完全にまざってしまったわけでもなくある程度連番で揃っていたし、作業自体は単純だしで、思いの外早く片付いてしまった。
背中から伝わってくるのは、穏やかな寝息。
「ユフィー?」
振り向いて指に指を絡めて遊びながら、いとしい人の端正な顔を久しぶりにじっくりと眺める。
夕陽色を隠した寝顔。綺麗だなと思う。自分は彼の内面に惹かれたのだが、妹は第一印象として彼の顔がよいことをあげていた。
ん、と彼が小さく呻いて、絡めていた手に力が込もった。
唇が微かに動いて、セレナの名前が音に乗る。
明らかな寝言に、セレナは思わずふわりと笑みをこぼした。
「ユフィ」
ゆっくりと上下する胸の上に頭を置いてみる。押し付ける形になった頬から体温を、耳から鼓動を、感じて。
とても―――安心する。
「ユフィ……、大好きよ」
* * *
目が覚めてまず思ったのは「重いなぁ」。
ぼんやりとまばたきを繰り返し、もしかして書類処理中に寝たのか俺はと気がついて、伸びをしようと思った時に胸の上の重みを再認識した。
視線を下ろすと、いとしい人の穏やかな寝顔。
「……セレナ……?」
なんでここにいるんだと寝起きの頭でしばし考えて、時計を確認すればお茶の時間をとうに過ぎている。
呼びに来てくれたのに気づかなかったのか。
しかもいつの間にか手から消えていた忌々しき書類の束は、きちんと揃えられてローテーブルの上に載っている。
この状況に対する半分の申し訳なさと半分の嬉しさに、ユフィは絹糸のような髪を指に通そうとして―――
指が絡んでいることに気づく。
胸から、指から、伝わってくる温もりに、ユフィはふと微笑した。
空いていた手を伸ばし黄を混ぜた緑の髪に触れる。
「……好きだよ、セレナ」
もう少し、このままでいいか。
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