「ふふ、そのような眼をされると―――まるでお父上の様」
「―――それは、光栄な」
絵を描いたら発作的に文章をつけたくなったので。
ライン様にだって受け付けない人間もいるし、半ギレになることもあるんだよという話です。
―――機嫌が、悪い。
ち、とラインは忌々しげに舌を打つ。廊下を進む足は自然と速まる。
あぁ、苛々する。
(……あの老いぼれが……ッ)
ゼージェの老王。どんな性質の人間でも表面上は仲を取り持てることが、己の特技であり王に必須の能力であり完璧にこなせることを自負しているのだが、あの男だけは、無理だ。
遠国にして平和条約を締結してもいない、自称中立国であるゼージェ、会談の機会を持つことも少ないし、本音を言えばできるだけ避けてもいる。
あの老王が、大嫌いなのだ。
(人の神経逆撫ですることばかり言いやがる……!)
噛みしめた奥歯が、ぎ、と鳴った。
いくら存在そのものを嫌悪する相手と言えど、立場は対等、無下にできるものではない。
会談の席を設けることになった以上、話をせねば進まないし、進まなければ退席することもできないのだ。
事務的な話の間はまだなんとかなった。己の感情を挟む余地などないし、それは向こうも同じこと。
だから解決すべきことが解決したら、早々に立ち去るつもりだったのだ。
「―――以上ですね。思っていたより早くまとまりました。協力感謝します」
上辺だけの微笑を向ければ、向かい合う老王もにこりと笑みの形を作る。
「そうじゃのう。諍いが起こらぬことにこしたことはない」
目礼をして席を立ったラインを、のんびりとした老人の声が呼び止めた。
「一つ訊いておきたいことがあるのじゃが」
「……、なんです?」
無駄な会話はできる限り避けたかったが、無視できる発言でもない。
「何故に、左目を隠しなさる?」
「―――ッ!」
瞬時に爆発しそうになった感情を抑え込む。今更になってなんなのだこの男は。
「幼き頃は隠しておられませんでしたなぁ。故あってのことなのじゃろうが、お尋ねする機会を逃しておりましての」
にこにこと穏やかに見つめる、しかし目は笑っていないこの老王は、父が健在だった頃から在位しているのだ。当時から印象は何ら変わらないが。
「―――視力が、弱いもので」
訊かれた時に用いる常套句。だが、己が既に笑みを作れていないことは自覚していた。
「左様か。いやなに、闇を魅せる忌まわしき銀から、目を背けたいのかと思っての」
貴様―――!
怒声に乗せて口走りそうになった言葉を、何とか呑み込んだ。悟られないようにゆっくりと息を吐いて、浮かべてみせるのは、嘲笑。
「ふ―――まさか」
そういえば父もこの男が大嫌いだと言っていたのではなかったか。追憶と、暴れる感情を宥める為に、目を伏せて息をつく。
「ライン殿」
名前を呼ばれたので思い切り睨んだ。睨まれていることがわかっていて、それでもこの腹の読めない老王は、笑みを絶やさない。
「ふふ、そのような眼をされると―――まるでお父上の様」
「―――それは、光栄な」
あぁやはり父もこの老王を嫌っていた。記憶を違えていなかったことに満足して、ラインは踵を返す。
「奇才の賢王ライン殿にも、恐れるものがあるとは」
更に続けられた言葉には、振り向くこともしなかった。