マコライじゃなくて、ライマコです(←
お気に入り洋菓子店のクリスマスフェアから帰ってきたら、ソファでラインが寝ていた。
「…………」
今までも何度かこういうことはあったのだが、こう、不意打ちでいられると心臓に悪いのでやめてほしい。
以前は真子斗が帰った気配で目を覚ましていたのだが、最近はこちらの世界で気を張ることをやめたらしい。
まぁ、呼びに行く手間が省けて結果オーライだ。心中で呟きつつ、真子斗はケーキの箱を冷蔵庫にしまった。
「ラインさーん」
肩をゆすれば、ん、と微かにラインが呻く。
「どうもこんにちは。なんでここで寝てるの?」
「……しごと……終わった、から」
そうか、逃げてきたわけではないのか。おそらく今回はレヴィナの許可を得てきているだろうことがわかったので、真子斗は少し安堵した。
「これからスパゲティ作るけど食べる?」
「…………食べる……」
真子斗は眉をひそめた。さっきから目が開かない。本当に起きているのだろうか。
「……ラインさん?」
「ぅー……徹夜、だから……もうすこし……寝……」
言葉の最後は寝息となってしまって、真子斗は苦笑した。
台所に立つ前に思い出して、一度自分の部屋へ戻った。
手にしたのはラッピングされた小箱。中にはスノードームが入っている。
古城に雪が降るそのスノードームがセンティレイドを彷彿とさせて、思わず買ってしまったのだ。
ラインとは生活習慣が全く違うから、プレゼントはいつも悩むのだが、これなら気に入ってくれそう……だと思ったのだが実際のところどうだろうか。
「……うん、とりあえず準備準備」
あとはラインに布団をかけてやらねば。
人が動く気配に炒める手を一瞬止めた真子斗は、首だけ振り向ける。ラインが起き上がって、前髪をかき上げつつ欠伸をしたところだった。
「ラインさんおはよ」
挨拶を返したラインがのろのろと立ち上がる。合わせて肩にかかったままの上掛けがするりとソファに落ちた。
「……いい匂い……」
「マコちゃん特製きのこの和風スパゲティです。バター醤油だよ」
「バターの香りか……」
呟きながら寄ってきたラインが、真子斗の手元を覗き込んだ。
「おいしそうですね」
「もうすぐできるよ」
唐突に―――ラインの両腕が真子斗の肩に回った。
背後から抱きすくめられる恰好になって、心臓が跳ねる。
それを努めて平静に装いつつ、真子斗は文句の言葉を口にした。
「ちょ、あの……ラインさん。やりにくいんだけど」
寝ぼけているのだろうか。寝起きのラインはキザ度が飛躍的に上昇することに最近ようやく気付いた真子斗である。
「上掛け、ありがとうございました」
「ああ、いえ……」
「マコトさんの手料理だ……嬉しい」
「……………………」
なんか恥ずかしい。
「……ラインさん……やっぱ寝ぼけてる? まだ寝てていいよ?」
「もったいないじゃないですか」
なにがだ。
心中でつっこみつつ、真子斗は押し黙った。背中に触れられているから心音が伝わってしまいそうだ。
くす、とラインが笑うのが音と振動で届く。
「……聖夜に二人きりですね」
「えっ、今日クリスマスだって知ってたの……!?」
真子斗は言っていない。クリスマスの存在は教えたが、今日がそうだとは言っていない。むこうとは日付の感覚が違うはずなのに。
「なんのために徹夜までして政務終わらせてきたと思ってるんです」
「さすがデスネ……」
言いながら真子斗は、ゆであがっていたパスタをフライパンに投入した。真子斗の体が動いたのに合わせて、ラインがぱっと離れる。
「では飲み物用意しておきますね。紅茶でいいですか?」
「あ、ううん、グラス出して!」
グラス?と首を傾げるラインに、真子斗はにこりと笑った。
「シャンメリー買ってきたの」
「シャンメリー?」
「えーと、シャンパンのジュースバージョンみたいな」
「へぇ……」
あぁ、シャンパンは伝わるのか。文化の相違がよくわからなくなってきた。
「あと冷蔵庫にケーキもあるよ」
「本当ですか!」
早速冷蔵庫を開けて、ラインがケーキ箱を取り出した。見てもいいかと聞かれたのでついでにお皿に乗せといてと依頼する。
中に入っているのは、ショートケーキとチョコレートケーキ、フルーツタルトにプリンアラモード。
「……一人二個あてですか」
「こっ、これでも絞ったんだから! 食べきれないと思って!」
くすくすとラインが笑いながら、あなたらしいですと呟く。
「マコトさんはどれがいいんです?」
「……選べないからラインさん選んで……」
それにラインは首を傾げてみせた。
「じゃあ、半分食べたら交換にしましょうか」
「え、いいの!? さすがラインさんわかってる!!」
テーブルの上には湯気の立つ皿と、目にもかわいらしいケーキの載った皿。
細かい気泡がきらきらと浮かんでは消えていくグラスを持ち上げて。
「乾杯」
ガラスのぶつかる澄んだ音。シャンメリーを一口喉に流して、
「記念日を祝う恋人のようですね」
ラインの一言にいきなり状況を理解して、かぁっと顔が熱くなった。
途端に真子斗の向かいに座るラインの顔も紅潮する。
「ちょっ……何照れてるんです、こっちが照れるじゃないですか」
「いや……あの……うん、二人で過ごせて、嬉しいです」
「私もですよ。……準備ありがとうございます」
にこりと笑うラインの視線を真正面から受けるのがどうにも気恥ずかしくて、逃げ道を探す中で真子斗は一つ思い出した。
「そうだラインさん、これ」
手渡すのは小箱。大事そうに受け取ったラインは、開けても?と首を傾げる。真子斗が頷くと、ラインはリボンを解いて包装紙をはがした。
箱を開けて、スノードームに目を丸くする。
「なんですか、これ……」
「初めて見る?」
ちょっと貸して、と真子斗はスノードームを取り上げ、逆さまにして振った。
テーブルの上に置き直すと、球体の中に閉じ込められた小さな古城に、雪が降る。
ラインはそれに―――真子斗が想像していた以上に、喜んだ。
「すごい!」
まじまじと見つめながら、感嘆の言葉を並べる。
「すごい、綺麗……! これ魔術じゃないんですよね? すごい!」
「気に入ってもらえたならよかった」
目を輝かせながら振っては眺めるを繰り返していたラインは、はたと気づいたように慌てて胸ポケットに手を入れた。
「そうだ、私も……」
差し出された、掌におさまるサイズの平たい箱を受け取った。目で訴えれば、どうぞ、と微笑されたので遠慮なく開封する。
入っていたのは、雪の結晶をモチーフにしたピンチャーム。
「すみません、あまり選びに行っている時間がなくて……」
「ううん、すごく、素敵……!」
一度ぎゅっと握りしめてから、早速ピンチャームを胸元に飾った。
「ありがとうラインさん、すごく気に入った!」
「それは嬉しいです」
「かばんにつけて自慢する……でも今日はここ」
笑ってみせると、ラインもふわりと微笑する。
「よかった、似合います」
「ほんと? ありがとう」
約束をしていたわけではなかった。
けれどそれは―――まるで恋人と過ごすクリスマス。